乳牛は衛生目的の整形手術

 『整形手術』という大仰な言葉を使ってしまいましたが、何も手術室に乳牛を連行し、眩しい灯の下、メス(手術刀)やレーザーを利用したりはしません。人間の整形手術の場合、外見の改善を主目的として行われますが、乳牛の衛生目的や安全目的の為に、整形を少し行ったりしています。俗な言い方をすれば「乳牛のプチ整形」であります。
 乳牛の整形箇所として、主に挙げられるのは、乳頭尻尾の3箇所であり、それぞれの目的をもって整形が行われておりますので、以下の通りに紹介してゆきます。

 

@角の整形(通称:除角)
 牛は雄雌の性別関係なく、生後約1週間〜3週間から既に両角が生え始めて、約半年後もすると大きな角になります。角がある成牛は見た目が立派な時があるのですが、「角は乳牛が持つ凶器」にもなり、それを持った成牛は闘争心がとても強く、飼育者や他の乳牛にも果敢に挑んで来るので危険です。除角をする事によって乳牛を従順な性格にさせ、乳牛同士の闘争を緩和させる事が出来ます。つまり除角は、安全目的に行われる整形なのです
 乳牛の除角の方法として、上記の生後3週間位の両角が生えたてを頃合に、除角専用の電気焼ゴテやガスバーナーなどを利用して、角本体とその周辺を良く焼くのが一番簡単な方法あり主流となっています。但しこの除角方法は、生後3週間〜2ヶ月後の身体と角が小さい仔牛のみに適用可能であり、生後半年以上過ぎた育成牛・成牛は、両角が大きい上、巨体で抵抗力も凄まじいので不可能です。
 仔牛の折に除角を行わず、立派な体格と両角を持つ成牛の除角方法として、牛の顔をロープで完全拘束し、専用大型ハナミや鉄ワイヤーで角先を切って、小口を電気ゴテで焼き固めるという方法もあります。しかし大きく生えてしまった角には血管も通っていますので、角を切ったと同時に多量の出血があります。
 前後しましたが、角には神経も通っていますので、仔牛・成牛の年齢問わず、除角の際は、苦痛に耐えかねて強い抵抗を示してきます。

 

A過剰乳頭(副乳頭)の整形(切除)
 乳牛の乳房にある乳頭は4つなのですが、時々誕生した雌仔牛の中には、5つあったりします。一種の奇形乳房とも言えるのですが、その1つ余計な乳頭を過剰(副)乳頭と呼ばれます。この過剰乳頭からは、仔牛が成牛に成長し、分娩を経て牛乳を出すようになっても、牛乳は絶対出て来ない無用な存在です。そればかりではなく、ミルカー装着の際に支障をきたす上、衛生面でも悪影響を及ぼすので、仔牛の折に切除します。つまり過剰乳頭切除は、衛生目的で行われる整形なのです
 過剰乳頭切除の主な方法として、生後約2週間〜6週間の仔牛に、良く消毒された専用ハサミ(外科剪刃)で小さい乳頭を切除しますが、中にはゴム手袋を装着して、乳頭を人間の手で潰す方法もあります。因みに筆者の1つの経験として、後者の方法で担当獣医が乳頭を手で潰したりしてもらった事があります。

 

B尻尾の整形(通称:断尾)
牛にある尻尾の第1の役割は、走ったりする際に方向を決める「舵取り(ナビゲータ)」をする事です。そして第2の役割は周知の如く、刺しバエや虻の様な吸血昆虫を追い払うためにあります。吸血昆虫が多発する夏期などは、長い尻尾を四六時中振り回しています。
 乳牛(成牛)の尻尾の平均長さは、付け根〜フサフサが付いている尾房部先端まで約55cm〜60cmがあります。大人が両手を広げた長さに相当するので結構長いです。それだけ長い尻尾を持っているので、横臥(横に)なった際に、尾房が糞尿溝(バン・クリーナー)に落ち、糞尿にまみれ汚れ、乳牛が起立して尻尾を振り回すと、付着していた糞尿が、自身や周囲の乳牛を含め広範囲に撒き散らされるという事が毎日のようにあります。これは衛生的に極めてよろしくないのが皆様おわかりになると思います。(尻尾の振る勢いも強いので、相当飛びます)
 衛生上(乳房炎防止)目的のために、尻尾の整形・断尾を行う事があります。つまりは尻尾を切り短くするのですが、ハサミや手術刀などを使って切るという事はなく、通常として尻尾の第7尾骨と第8尾骨の関節部に強力なゴム輪を装着し血流を止め、尻尾先端を腐敗脱落させる方法が採られます。
 しかし乳牛断尾の必要性や効力は、酪農家さんや獣医師会の間で賛否両論がある現状であり、絶対に断尾を行われている訳ではありません。筆者の勤務牧場も乳牛の断尾は一度も行われませんでした。

 

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