乳牛とストレス

 今記事では、一般の方々でも牛・馬・羊に触れ合える群馬県の体験型観光牧場・伊香保グリーン牧場さんで、昨年(2016年)、問題が取り沙汰された「乳搾り体験乳牛の死亡事故」について筆者の愚見を述べさせて頂きたいと思っています。
 これまで執筆させて頂いた記事内容(酪農の紹介・その歴史)と一線を劃し、現在の「インターネット社会の負の部分」や「動物愛護関連」といった現社会でもデリケートな問題も少し触れさせて頂くことになると思いますので、皆様にもご理解の程を宜しくお願い申し上げます。

 

 上記の様な問題について触れ、(筆者自身が言うのもなんですが)今記事を執筆させて頂く事を躊躇した時もありましたが、元・体験牧場観光業に従事者であり、少しながらも酪農業に経験がある筆者としては、僭越ながらこの記事を通して私見を申し上げたいと思い至りました。
 今回の内容は、昨年2016年秋に群馬県渋川市にある伊香保グリーン牧場さんで話題となってしまった『乳牛のストレス死』問題についてであります。

 

 大手新聞社の1つである毎日新聞が2016(平成28)10月20日付の東京夕刊内の話題内の見出しの1つに、『モーやめ...ストレス死相次ぎ 群馬県の観光牧場』がありました。現在では、この見出し・記事内容は変更訂正されていますが、見出しだけ一目してしまうと、何とも動物虐待のイメージを臭わせる物騒な感じがしてしまいます。
 その毎日新聞さんの掲載当初の記事内容を要約させて頂くと、『グリーン牧場さんが1970年以来実施している「牛の乳搾り体験」は、年間2万人もの人々が楽しむ人気イベントの1つでした。しかし、その乳搾り体験を担当していた4頭の乳牛の内、2頭が数ヶ月間で、多くのお客様(体験者)に乳房を触られ続けられ、過度なストレスが要因となって乳房炎になり、相次いで死亡した』という内容でした。

 

 この記事内容で過敏に反応したのが、インターネット上の人々であり、グリーン牧場さんに向けて凄まじい言って良いほどの罵詈雑言を公(ネット上)で浴びせました。それら一例を挙げさせて頂くと以下の通りでございます。
@『動物虐待だ!』
A『日本の牧場は犯罪者』
B『乳搾り牧場は、虐待ビジネスを、辞めろ!』
C『牛までストレスで過労死とは日本も凄い国』 等々
*このように今上記の列挙させて頂いた筆者ですが、何とも気分が悪く、これらの雑言をネット上に公開した方々に対して本当に残念な気持ちを抱くことを禁じ得ないです。何故ならば、新聞上で報道された乳牛2頭のストレス死は「間違い」、つまり下世話な言い方をさせて頂くと「デマ」であり、『1頭は怪我による淘汰(安楽死)、別の1頭は売却』というのが真相であり、2頭の乳牛についてはグリーン牧場さんの経営上による事情による出来事でした。毎日新聞さんも記事についての一部に誤りがあった事を認められ、現在では記事内容を訂正し、見出しもストレス死という文字を削り、『乳搾りモ〜いや?「ストレス配慮で中止」 群馬県の観光牧場』と変更しています。

 

長年、観光牧場で勤務し、乳牛飼育全般に携わっていた筆者からも述べさせて頂くと、牛も生き物である以上、不快な事柄に接するとストレスを感じていると思いますが、『乳牛が外部から受けるストレス(乳搾り体験など)が直接原因で死亡する』という可能性は極めて低い事であり、現在でも、乳牛のストレス死という事例は皆無となっています。また、とある日、旧職場で大変お世話になっていた和牛の受精卵移植を生業とする獣医さんが、『牛は人間に比べると、まだ幸せな生き物ですよ。ストレスが感じる事があっても、人間の様にそれを後々まで引きずる事も無く、自殺することもないのですから』と、筆者に語ってくれました。全く至言ではないでしょうか。

誤報を妄信してしまう悲しさ

 筆者が、今回の「乳牛ストレス死報道」についてどうしても忸怩たる思いを拭いされないのが、先述の@〜Cのネット上の過激な反応に対してであります。毎日新聞さんの間違いがあったとは言え、安易にその報道を妄信してしまい、ネットを通じて社会に向けて「日本の牧場は犯罪者」「動物虐待ビジネスを辞めろ」と公言してしまう人々が存在することに不快な念を抱いてしまっています。 

 

 1923(大正12)年9月に発生した関東大震災が勃発した際、「在日朝鮮人が放火・井戸に毒物を投げ込んでいる」という噂(誤報)が、崩壊した首都を駆け巡り、ただでさえ大天災直後で極限のパニック状態になっていた日本人(自警団)が、233人の在日朝鮮人を虐殺するという事件が起きました(関東大震災朝鮮人虐殺事件)。
 当時の日本人が、まるで暗闇に1つ電球が灯った方へ突進する様に、誤報を妄信し、軽率に無実の朝鮮人を虐殺してしまった事に、芥川龍之介など当時を代表する有識者は愕然としていますが、その中には、別の記事でも何度か紹介させて頂いています日本陸軍軍人で「日本騎兵の父」と称せられる秋山好古も同様でした。
 好古は、数多くの戦場を生き抜いてきた歴戦の名将であると同時に、優れた知識と教養を持つ大人物でした。その彼は晩年北予中学校校長時に生徒に対して、大震災直後の朝鮮人虐殺事件について遺憾の意を込めながら説いたそうです。
 『朝鮮人が放火したなどということは、何の根拠もない流言であった。彼らが井戸に毒物を投げ込んだという事実もない。物事を冷静に判断できなかったのは、誠に遺憾である。

 

 今回のグリーン牧場さんの乳搾り体験牛の「ストレス死」の誤報、それに対してのネット批判は、上記の大震災朝鮮人虐殺事件とは時代背景も全く異にする上、規模も比べようが無いほど小規模であることは間違いありませんが、人々が情報の真贋を冷静に判断せず、「動物虐待ビジネスをやめろ」と安易に発言投稿に動いてしまった事は、誤報の朝鮮人テロリズムを妄信して、攻撃した(過激な)人々の根本と大して差異は感じられません。 

 

 確かにインターネットは意見交換や情報収集に大変便利であり、とても有難いツールですが、お互いの顔や表情が見えない事を隠れ蓑として、物事や人様を痛烈に批判やあげつらうのは良くない事です。作家の小池一夫先生も、確かご自身のTwitterで、『人の否定的な発言をして、自己アピールするのは悲しい事である』と仰っていました。意見(異見)を仰って頂ける事は素晴らしいですが、感情的な批判(悪口)をご発言される際は、くれぐれも、『お相手の立場や気持ち』を熟考して頂ければ幸いでございます。