日本では馴染みの薄い羊

 筆者がこの記事を執筆している時点で2015年ですが、この年は未(ヒツジ)年でした。今回はその羊(未)についてです。

 

羊毛が繊維のウールとなり、衣類の貴重な原料となり、干支の1つにも入ったり、イソップ物語(狼少年)などの多くの東洋・西洋の童話や登場してきたり、近年では世界で大人気の英国アニメ・「ひつじのショーン」で、更に人間世界に馴染み深い動物の一つとなってきました。しかしアニメなどの文字や映像の中に親しまれているにも関わらず、日本国内では、牛・豚・鶏のように全国規模で飼われている動物ではありません。主に北海道・東北・信越・北関東といった限られた地域でのみ、羊が飼育されています。
 理由としては、古代から日本では、羊の飼育が向かなかった事。国土が狭く、高温湿気を牛以上に嫌う羊は、潤湿な気候である日本では向きません。また牛や豚は単体のみで飼育可能ですが、羊は複数で飼育し団体行動をしないと大きなストレスが掛る性質を持っているので、飼育方法も容易ではないこともあったと思います。

 

 軍人用衣類の原料確保を主目的として飼育されるのは、明治時代以降ですが、当時の政府は羊よりも馬・牛の動物生産の方に重点を置いていたため、羊生産には積極的ではなかったようです。また現在でも余波があるようで、牛肉・豚肉などは農林水産省とそれに隷属する機関で、牛の飼育地・出生日・出荷日などの情報は厳密に徹底管理されていますが、羊に関する情報管理は、未だ各々の農家に依存する点が多く、不徹底な部分があります。思い返して見ると、牛は、古代より日本では、天皇家や寺院では牛乳などが珍重され、世間では運搬用動力として重宝された歴史がありますが、それと比較すると羊の普及の悪さが目立ちます。
 上記の歴史的、地理的要因などが根底に横たわっている以上、現在も羊飼育が全国区になる訳がなく、肉質や匂いが独特な羊肉が日本の食卓に普及するのは困難な現状であります。国内の羊肉消費量は、全種類の肉消費量の僅か約4%だと言われており、羊肉が消費されているのも、羊飼育が盛んな北海道などの地域になっております。

 

 日本国内では、物語や絵画、アニメなどは別として羊という生き物は、どうも他と比べると、馴染みが薄い家畜動物ですが、世界ではとても馴染みがある家畜動物です。アニメ「ひつじのショーン」の母国であるイギリス、スイスなど欧米諸国、東洋では、日本の海一つを挟んだ隣国・中国では、昔から羊はとても所縁がある動物で、肉は御馳走として重宝されました。
 中国大陸製作の三国志などのテレビドラマを見ていて、その中で祝事などがあると「羊の肉を捌いて宴会をやろう!」というシーンを何度か見かけることがありますが、これも中国大陸内で羊の馴染みの深さが覗えます。また中国歴史作家の巨匠のお一人であった陳舜臣氏(2015年1月に他界)の随筆集「弥縫録」にある一説には以下の様に書かれてあります。
 『漢字の『美』『善』といった良き物を表す言葉に羊の字が付けられていることで、昔から中国で羊肉を賞味したことがわかるし、『義』という言葉もその一つで、我の上に「羊」が乗っかっているのだから、我にとって最高に良き物であったはずである』(弥縫録「義は過ごすべからず」より) 
 中国の北方に位置する大国モンゴルは、古来より世界有数の遊牧民族の大集団で、羊も盛んに飼育されてきましたが、羊の毛皮・肉は勿論、内臓・脂肪・骨や糞などの排泄物も捨てずに、全て利用するという完全リサイクルを行っていることでも有名です。毛は防寒具、脂肪は石鹸など、骨は楽器の材料、内臓は繊維加工され、テニスラケットおよび手術用の縫合糸の材料の一部となり、糞は乾燥させて、家屋の断熱材代わり利用され、また燃焼力にもすぐれているので、ストーブの燃料として重宝させています。昔は、モンゴル帝国軍(元軍)の情報伝達の一つとして狼煙(のろし)が利用されていましたが、羊の乾燥糞はその燃料にも利用されていた記録が残っています。

 

 古来より日本を除く、世界で馴染みの深い家畜である羊、その種類は、現在で何と約3000種!これからは、ほんの一部ですが、羊の種類を紹介してゆきたいと思います。

羊の種類のご紹介

ここからは、実は世界にいる羊の種類の一部を紹介してゆきたいと思います。

 

@サフォーク種

 

・原産国:イギリス・サフォーク州

 

・主な用途:肉用、時に羊毛用

 

・1頭当たりの総毛量:約3kg。毛質は、羊の中では硬め。

 

・1頭当たりの平均体重:約60kg〜70kg(雌) 約90〜100kg(雄)

 

 英国南東サフォーク州の出身に因んでサフォーク種と命名。誕生時の体重は1頭当たり3kg〜5kgですが、早熟早肥で約2か月後は生誕時の倍以上の体重になり、満1歳になると体重40kg位まで増えます。この様に成長が早いので、産肉に富み、良質のラム肉を生産可能なので、世界各国で肉生産用の交配種として広く飼養されています。特に原産国の英国、世界の農業大国の米国では、サフォーク協会が設立され、毎年定期的にショーやオークションが行われております。外見特徴は、毛色は主に白色で頭部と四肢が黒いのが特徴です。因みに下の画像は、産まれたてのサフォークの仔羊です。

 

 

 筆者が勤務した牧場では、サフォーク種を毎年約20頭ほど飼育しており、個人的には思いが深い羊の種類です。前記の様に、産肉・肉質が良好なので、日本でも一番飼育されている羊種と言われています。旧勤務先の牧場でも毎年、仔羊をラム肉用(満10ヶ月未満の仔羊)を中心に出荷していましたが、売値単価が他の種類に比べると良かったのを覚えています。それ程、サフォーク種の肉質が良い証拠の一つです。しかし肉質が良好な分、毛質・毛量は良くありません。全く使えないという訳ではないのですが、硬くゴワゴワと、正に強力な天然パーマーの様な毛質ですので、毛糸やセーター向きでは無いことは確かです。筆者も以前、知り合いの羊農家さんから聞いた話ですが、『サフォーク羊毛は、捨て値同然で、1頭丸々の羊毛(約3kg)が、1000円で売れれば幸運だ。』と言っておられていました。毛質が硬いのを逆に長所として、クッションの中身・羊毛フェルト作成の原料として利用される事もあります。

 

 皆様、画像を見て『顔が黒く、四肢が黒い』のを見て、何か皆様お気づきになりませんか?先の記事の冒頭で少し触れた、日本でも大人気の英国産ストップモーション・アニメ「ひつじのショーン」(アードマン・アニメーションズ制作)に似ています。それもその筈、ショーン達は、このサフォーク種をモデルとされています。(ひつじのショーン公式Twitterでも公表)
 ご存知の様に、物語内のショーン達は、彼らの飼い主である、お人好しの牧場主をいつも出し抜いて荒唐無稽な事ばかりやっていますが、実はそんなショーン達(サフォーク種)も肉用として飼育されている、(物語内では自分達で勝手に育っている感がありますが)と思うと、フィクションとは言え、何か複雑な気持ちになってしまう時があります。

(サフォーク種の親子)

 

Aコリデール種

 

・原産国:ニュージーランド

 

・主な用途:羊毛・肉兼用。どちらかと言うと、毛は柔らか目で密生しているので、羊毛用の方が優れている。

 

・1頭当たりの総毛量:約7kg

 

・1頭当たりの平均体重:約60kg〜70kg(雌) 80kg〜110kg(雄)

 

 コリデール種の始まりは、英国産の長毛種を交配してつくられた羊種です。特徴は、毛色・顔・四肢全てが白く、@のサフォークに比べると毛量も多いので、最盛期には頭部にも長毛が生えて、羊の眼を遮ることも多々あったりしますが、むしろその外見が可愛かったりします。この羊の種類も、筆者の勤務先で数頭飼育していたので、少なからず愛着があります。コリデール種の仔羊はとても可愛いのです。その写真があります。

(コリデールの母羊と仔羊。これは筆者が直に撮影しましたが、その行動を怪しそうに見つめる母羊。我が子が心配のようです。)

 

 毛質も柔らかく、サフォーク種に比べると格段に良好であり、羊毛は毛糸・セーター原料などで重宝されています。第二次世界大戦終了までは、軍人の外套(コート)を作る材料確保のため、一時期、日本国内には100万頭を超える頭数がいたそうです。しかし戦後は、羊毛の国内需要が減少したので、それに比例してコリデール種の飼育頭数も下がり、より肉質を生産するサフォーク種が台頭することになりました。実際、現在でも売値単価で表すと、コリデールの肉値はサフォーク肉より、1kg当たり100円安く取引されています。

 

Bオーストラリア・メリノ種

 

・原産国:スペイン

 

・主な用途:羊毛。羊毛の王者とも言われています。

 

・1頭当たりの総毛量:約7kg

 

・1頭当たりの体重:35kg〜50kg(雌) 60kg〜70kg(雄)

 

 

 「羊毛の王道」というべき羊毛専用で世界各国で飼育されいる羊です。Aで紹介したコリデール種の先祖でもあります。西暦1300年代に、スペインで世界初のスパニッシュ・メリノ種が開発され、優れた羊毛を産出するメリノ種は、スペイン国内の毛織物産業の発展の基礎になり、スペイン王国の貴重な財源の一つになっていました。18世紀まで、メリノ種の飼育管理は王国の厳重な管理下に置かれていましたが、19世紀初めになると、スペイン独立戦争(半島戦争)が契機となり、それまでスペインの専売特許であったメリノ種は、欧米諸国に持ち出された結果、各国で改良が進み、現在では、最良な羊毛を産出するオーストラリア・メリノが誕生するに至りました。

 

Cマンクス・ロフタン種

 

・原産国:マン島(イギリス本島とアイルランド島の間にあるアイリッシュ海に位置する島)

 

・主な用途:主に肉用、羊毛は濃い茶色が主流なので、織工に珍重されています。毛が極少量ですのでとても希少です。

 

・1頭当たりの総毛量:2kgという少量。ハサミやバリカンで刈れる量を持っていません。

 

・1頭当たりの体重:約40kg(雌) 約60kg(雄)

 

 世界で様々な種類がいる羊の中でも、極めて希少な羊となっており、現在でも英国で主に飼育されています。この羊はサフォークやコリデールとは違い、英国内には繁殖用雌羊が1500頭未満という少数なので、稀少家畜保護トラスト(RBST)という制度の保護下にあります。その事情もあるので、ロフタン肉は、英国内でも貴重な珍味として扱われ、羊毛も貴重とされています。この羊の大きな特徴は、他の羊に比らべ、長く太い角を2本以上持っているという事です。4本角が主流のようですが、多い羊は6本角もいるそうです。
 1990年には、日本にも20頭のロフタン種が繁殖保護推進のため輸入され、国内の限られた地域で、約100頭の羊が飼育されています。

 

 

 以上、4頭の羊の種類をピックアップして紹介させて頂きました。他にも、エクスムーアホーン・リンカーン(共に英国原産)、ロマノフ種(ロシア原産)等がいます。 しかもその大幅の原産国は英国であり、栄えある大英帝国が、様々の国々に羊を輸出・販売してゆきましたが、その結果、現在は、上記4種を含め3000種の羊が世界に存在するに至ったのです。羊が世界に広まったのは、英国の力が背景にあったのでした。