厩舎の基礎的設計を著述している

 前の記事では、馬の厩舎の建て方(厩作)や飼い方(飼方)を記した珍しい古典書『厩作附飼方之次第』(以下、本書と称します)の概略と本書内で著述されている「厩舎の立地条件」について紹介させて頂きました。よって今回はその続編と言うべき、「厩舎の設計」について紹介させて頂きます。
 本書は、馬の生理体質の本質を見極め、厩舎の建て方や飼料配分などの立地条件、寸法や量の数値で明確にされているので、現在の馬飼育にでも通用する合理的かつ実用的な知識が詰まっています。それは『優れた厩舎の設計文』にも顕著になっています。それを、箇条書きに抜粋し、現代文に訳すると以下の様な説明になっています。ただ残念なのは、本書の付録として馬房の設計図面もあったようなのですが、現在は散逸してしまい、所在不明となっているようです。

 

@四方の柱の高さは1丈1尺8寸(曲尺法で約3.6m)とし、馬房は横が7尺5寸(約2.1m)、奥行きは9尺(約2.7m)とする。(*注釈:馬房面積は約5.7平方メートルとなります。余談ですが、近代となった明治陸軍の馬房の広さは約50平方メートルが平均面積となっていたので、本書内で記されている馬房の方が近代の馬房より広い事がわかります)

 

A馬をつなぐ柱は6寸〜8寸(約18cm〜24cm)の角材とし、上方は(馬房の)梁に切り込んで入れ、根本は土の中に入れる。根本は6尺(約1.8m)の深さに埋め込む。そして、右の柱へ、地上から1尺8寸(約55cm)の高さに「とち金(馬を繋ぐための鉄の輪)」を打ち込む。

 

B棟は高いほど良い。これは暑い気候のときに良いからである。

 

C厩舎の後方は羽目板にして、5尺(約1.5m)ほど上げた所に1尺8寸くらいの高さの窓をつける事。これは厩舎の後方から明かりを取り入れ、また暑い時には開いて風を入れるためである。

 

Dこれは設ける必要はないが、後方に小さな開き戸の出入口を造ると良い。何故ならば、火災などの非常事態の折、前側から救出できない場合に馬を出すための非常口になる上、厩舎の前に障害物があって明かりの少ない厩舎なら掃除の際にも便利だからである。この出入口の大きさや寸法には決まりはないので、馬が出入りできる程度の寸法、5尺5寸(約1.65m)くらいで良い。

 

以上、本書内に記されている『厩舎の設計文』です。(何事に対しても無精な筆者が)初めてこの箇所を読んだ時に持った印象は、「とにかく細かい!厩舎の柱や窓、遂には馬を繋ぐ柱の長さや太さを極め細やかに解説しているなんて」というものでしたが、これを翻って考えてみれば、当時でも厩舎は、どんぶり勘定でいい加減に建設されていたのではなく、馬の体形・性質に基づき堅固かつ合理的に設計されていたのがわかります。Bの「棟の高さ」CDの「厩舎後方に、窓および出入口の設置」について言及(推奨)している事は、現在の厩舎の構造にも活かされているものばかりです。

 

 @〜Dまで箇条書きで、本書内で記されている詳細な馬房の設計文を抜粋、紹介させて頂きましたが、それらの纏めというべき文も極めて合理的です。即ち、『兎角危コトヲ第一ニ吟味シテ可作也(とにかく安全第一を心がけて(厩舎)をつくるべきである)』
 誠にごもっともな纏めでございます!

厩四節心得(厩舎の四季の管理方法)

 本書内では、厩舎の立地・設計について記述しているのみではなく、四季折々、厩舎での馬の飼育方法や注意点も述べている事も本書の特徴の1つとなっています。こちらの項も、馬の性質を見事に掴み、春〜冬にかけての馬の飼養管理を合理的に説いています。それらの本文を現代訳文では以下の様に記載されています。

 

@春の厩舎管理:(本文)『春は陽気で暖かく、生物は必ず気力をみなぎらせているので、厩舎を閉じて暗くうるさくして、馬を常に緊張させておくと、馬はうつになり病気になる。従って、よく戸を開け、換気を行い、新鮮な空気を入れて舎内を綺麗に掃除し、十分に清潔にして住み心地よくしてやるべきである。しかし、戸を開けて涼しくするのはよいが、吹く風でわけもなしに馬を冷やすべきではない。春の風に馬は、発熱・発病しやすい。風がある時は厩舎を閉じること』

 

 春の陽暖かい陽気に騙されて、風の吹いている日までも、馬を放牧したり、戸を開け放ち厩舎内を風で冷やすな、と記述しています。現在でも4月や5月になっても冷風が吹き、肌寒く感じる日がありますが、その時は(平熱が人間より高い)馬でも放牧を控えたりします。当時の馬の飼育者の方々も「春の冷風は馬には良くない」という事を知っていたのですね。
 もう一点は、本書には記載されておらず、筆者の勝手な考えなのですが、春(3月下旬〜5月)になると、周囲の水田には代かき・田植えのために、水が張られますので、その水によって(特に早朝や夕方に)周囲の気温が余計に下がってしまうので、馬は体を冷やしてしまいます事もあるので、春の厩舎内換気のやりすぎは良くないよと、本書が忠告しているとも思えます。

 

A夏の厩舎管理:『夏は暑さを防ぐような飼い方する事が最重要である。厩舎の前後に戸を取り払って風が吹き通るようにし、馬を涼しくさせる事。「呉子」には、夏はひさしで涼しくしてやるとある。さらに、馬糞や尿を絶えず取り除き、敷わらも度々交換する。とにかく厩舎内に臭気があると馬は病気に罹るので、舎内に臭気がないようにすること。』

 

 体温が高い馬(平熱:摂氏37.8〜38.0)は、高温多湿の夏季を特に苦手しています。とにかく夏バテし易いのです。本文でも馬のその性質を心得ており、厩舎内が暑くならいように、換気をよく行い、風通しを良くせよと強調しています。また馬の排泄物をこまめに取り除き、敷料も常に新しい物して舎内に尿などの臭気が籠らないようにせよ、と述べているのも卓見です。厩舎掃除を定期的にするのは誰もが認める道理ですが、特に夏は、馬も大量の水分を摂りますので、それに比例して排尿量も多くなりますので、こまめな清掃が重要になってきます。因みに掃除を怠り、尿の臭気が籠った馬房に入った途端、臭気で目が沁みてきます。短時間で入った人間でさえ、この様に臭気が堪えるので、そこに四六時中棲む馬も気分を悪くするのは至極当然であります。
 ここでも中国古代兵法書である「呉子」の文言を引用している著作者の教養の高さに目を惹きます。

 

B秋の厩舎管理:『秋は特別にいうほどではない。ただ、馬を冷やさないように注意すること。秋冷によって風邪に罹らないように用心しなければいけない』

 

 上記の通り、秋は拍子抜けするほどに、注意点を述べていません。『秋冷』というのは、恐らく晩秋の10月下旬から11月の事だと思いますので、その時になったら馬を冷やさないのように用心せよ、と言うのが唯一の注意点です。正に秋は馬にとっては最適な季節なのです。「馬肥ゆる秋」とよく言ったものであります。

 

C冬の厩舎管理:『冬は寒気を防ぐ事が最重要である。「呉子」には、冬は厩舎を暖かくする事とある。戸を立てて風を防ぎ、敷わらなどが濡れたら度々取り換える事。夜はわらを多く入れて暖かくすること。

 

 先述のように、馬は平熱が高い分、夏(厚さ)を苦手にしていますが、その反対に、冬(寒さ)には強い側面も持っている上、冬毛も生えてきますので、寒さには耐久力があります。しかし上記の通り、それに過信し、荒れる吹雪や冷風を入れて、只でさえ寒い厩舎を冷やしてしまうと、さすがの馬も体調を壊してしまいます。とにかくにも馬や馬房内の敷料を濡らさないことが肝要となるでしょう。

 

 以上、『厩作附飼方之次第』に載っている厩舎の四季管理方法を順繰りに紹介させて頂きました。如何でしたか?参考になりそうな箇所はございましたでしょうか?本書を読んでいると、頻繁に兵法書「呉子」を参考文献にしています。呉子第3章治兵編の末尾に「軍馬を養う方法(卒騎を蓄うこと)」を深く説かれていますが、その極論というべき文が、「むしろ人(兵士)を労わるより、馬をよく労わるべきである(原文:むしろ人を労するも、慎みて馬を労するなかれ)」と堂々と載っています。
 当時の中国でも兵馬は貴重であったことが推察できる文ですが、とにかくにも『厩作附飼方之次第』の作者は、「呉子 第3治兵編」の文中を参照している事がわかります。因みに、呉子の「馬を良く労われ」という考えに反対行動をとったのが、江戸幕府を開いた徳川家康です。
 家康が未だ豊臣秀吉に臣従していた頃に、京都伏見徳川屋敷内の厩舎が老朽化で壊れ、家康の家臣が厩舎の修繕を主人である家康に注進しますが、家康はにべも無く、「あまり馬を過保護に育てては、いざという時に役に立たない。厩舎は直さなくてよい。その方が馬が丈夫に育つ」と家臣の申し出を却下し、壊れた厩舎はそのままにされたという逸話が伝わっています。
 筆者の意見では、呉子の考えや家康さんの言う事にも、それぞれ一理あると思います。人間世界でも子育て・教育と会社で「情」と「厳」のバランスをとってゆくのは、とても難しいですが、馬の飼育についても同じ事が言えるかもしれません。

 

 ここまで『厩作附飼方之次第』の厩作附の部分まで紹介させて頂きましたので、次回は本書に掲載されている『飼方(飼料)』について紹介させて頂きます。この部分にも現在の馬の飼料事情に通じる点がありますので、ご興味のある方は、「今と昔の馬の飼料の共通点」をお読み下さいませ。