ニワトリの世界伝播

 古来よりニワトリから産み出される卵や肉は、我々の食生活で見ぬ日は無いと言っても過言では無いと思います。今回はそのニワトリがどの様にして、我々人類の前に登場して来たのかを辿ってゆきたいと思います。

 

鳥類を家畜化したのを難しい漢字ですが、「家禽(かきん)」と呼ばれています。その家禽類の中で最も古く長い歴史を持ち、また現在、世界的に最も多く飼育されているのが、「ニワトリ(鶏・Chikcken)」になります。その祖先は現在もタイ王国等の東南アジアの原野に棲息している『赤色野鶏(gallus gallus)』とされています。またその赤色野鶏の中でも「赤色の耳朶野鶏」と「白色の耳朶野鶏」の2つの亜種がおり、これらが最も現在のニワトリの先祖に近しいという説があります。
 ニワトリが家畜化された当初目的は食用ではなく、未明の時を告げる(赤色野鶏の習性)時計台替わりに利用されていました。皆様もニワトリが来朝を告げる代表的動物である事は、直ぐに思い浮かばれると思います。余談ですが、中国の歴史書・史記でも、早朝のニワトリの鳴き声を合図に関所の門を開ける決まりになっており、ある人物がニワトリの鳴き声の物真似をして、時間前の関所の門を開けさせたエピソードが紹介されていますが、やはり古来よりニワトリは、ご来光を告げるシンボルであった事は間違いないようです。
 他にも、雄ニワトリが持つ闘争本能を利用して「闘鶏」として利用されていました。日本の歴史上の人物で室町幕府2代将軍・足利義詮は若い頃より闘鶏好きと伝わっていますが、元来日本で闘鶏は、「鶏合わせ」と呼ばれ占い行事とされていました。闘鶏が賭け事として行われる様になったのは江戸時代初期になってからだと思われます。また海外では、赤色野鶏の本場であるタイ王国でも闘鶏は有名ですが、これも賭け事などではなく、喪に服す家族を慰問する行事の一種という説があります。

 

そもそもニワトリが世界で家畜化されたのは東南アジアが最初であり、その直後、北西に位置する中国に伝播して行きました。約8000年前のニワトリの骨が、中国大陸各地で発見されています。また西インドでも約4500年前のニワトリの骨が発見されていますので、ニワトリ家畜化の歴史がかなり深いという事がわかります。
 中国におけるニワトリの用途は主に、先述の来朝を告げる時計代わり等でしたが、肉用としても利用されていたと言われています。因みに日本にニワトリが初めて伝来したのは、弥生時代(約2500年前)であり、朝鮮半島を経て伝わった説が有力です。

 

 一方、牛や豚・羊などを独自に品種改良し、世界の家畜部門の草分け的存在である欧米諸国には、遥々中国(アジア)からユーラシア大陸の大動脈・シルクロードを通ってニワトリが伝来しました。何も絹(シルク)だけが東西を往き来していた訳ではないのです。
 古来より西洋の先進国であったギリシャやイタリアのローマにニワトリが伝わったのは、約3000年前です。そして、ローマ人はニワトリを食肉用や採卵用に育種してゆき、イタリア以西の欧米諸国に伝播されていきました。更にこのニワトリが7世紀のサラセン(イスラム)帝国の海外出兵に伴い、北アフリカに伝播されました。

 

 世界に誇るファーストフード店・ケンタッキー・フライドチキン(KFC)の誕生地・米国にニワトリが伝来したのは、アジア・西欧諸国より遥に時代が下った15世紀末のコロンブスが米大陸を発見した以降であり、スペイン人とイギリス人によって伝えられました。

 

 以上、世界各地のニワトリ起源を紹介させて頂きましたが、ニワトリは『人々の移動(移住)に伴って、世界へ広がっていった』という伝播方法で世界に拡って行きました。牛や馬は世界各地に、野生化したのを其々の現地で家畜化されっていった方法とは、一線を隔しています。
 次回は、世界のニワトリの品種を紹介する記事を執筆させて頂きたいと思っております。