牛乳生産と臓器の役割

 毎日多量の牛乳を生産している乳牛を見ていると、大きな乳房と乳頭に注目が集まりますが、実はそれだけで牛乳を造っているのではなく、同時に、乳牛の体内では、牛乳を生産するために目に見えない所で、様々な臓器が大活躍しています。
 心臓・肝臓・腎臓・筋肉・脂肪組織・骨、更にホルモンを分泌する内分泌器官など、全ての臓器が牛乳生産のために絶えず働いており、牛乳生産は、正に『乳牛の総力を結集した一大作品』なのです。
 舞台やテレビドラマなどで例えさせて頂くと、「牛乳は作品」そのものであり、乳房・乳頭は、ドラマに出演して脚光を浴びる「役者」であり、観客や視聴者の眼には見えませんが、良き作品を創るために、舞台設定などを整える裏方スタッフが「乳牛の臓器群」と言えます。外から見える・見えないという違いはあるにせよ、役者(乳房)・裏方スタッフ(臓器群)のどちらか欠けても、作品(牛乳)をつくる事は出来ません。
 役者的存在である紹介は、他記事(乳牛の乳房の中身)で紹介させて頂きましたので、今回は、牛乳生産の裏方役割をしている『臓器群』について紹介してゆきたいと思います。

 

 @心臓の役割循環血液量の増加、牛乳原料の運搬を活発にさせる。
 多量の牛乳の原料(脂肪・タンパク質等)は、血液循環によって乳房内(乳腺)に運び込まれます。『1?の牛乳をつくるには、約400Lの血液が必要である』と他の記事でも述べましたが、それ程の大量の血液運搬が乳房に必要なので、乳房にある乳静脈は太い構造になっています。
 人間も同様であり周知の通りですが、血液循環の主役は心臓ですが、乳牛は牛乳生産は始まると心臓の働きは活発になり、血液循環量は増加する仕組みになっており、絶えず乳房には血液が運搬されています。

 

A消化器の働き乳牛の消化管が拡大し、養分の消化・吸収能力が増加します。
 牛乳生産が始まると、乳牛の採食量が増加しますが、これは牛乳生産のために必要な栄養分要求量が増加し、食欲が増進するためです。因みに食欲は乳牛間脳内にある視床下部(体温や血圧も調整する重要器官)によって調整されており、分娩前は飼料採食量は少なくと分娩後の牛乳生産を開始したら飼料採食量は多くするという調整を事細かにされています。
 そして多量に採取した飼料を消化・吸収するため、胃腸といった消化器は、より一層活性化する構造になっています。

 

B肝臓の役割飼料採取によって消化吸収された栄養素を牛乳原料を作り変え、生産する。
肝臓が、体内における複雑な栄養素を代謝するいう中心的臓器であることは我々人間も同じですが、乳牛の場合は、代謝的役割に加え、牛乳生産において極めて大切な役割を果たしています。
 牛乳生産が始まると、消化吸収された多くの栄養素は、肝臓の中で牛乳のタンパク質・脂肪・乳糖などにつくり変えられます。
 肝臓のオーバーワークや乳牛妊娠期間(乾乳)中などで、飼料配分バランスを崩し、肝臓に脂肪が蓄積して脂肪肝になり、肝機能が低下するケースが多く見受けられます。

 

C腎臓の役割牛乳生産が始まると、飲水量が増加するので、水分代謝の働きを活性化させます。
 牛乳生産では、先述のように多くの血液(水分)を要しますので、必然的に乳牛の飲水量も増加します。『腎臓は水分やミネラル代謝の中心的器官』として活躍します。

 

D骨のもう1つの役割牛乳生産の際に、骨中カルシウムを血液に溶解させ、牛乳のカルシウムに供給します。
 骨格動物であれば、骨は自分達の体重を支える支柱組織であり、それは乳牛の骨も同様ですが、それと同時に『多量のカルシウム・リン等の大切な貯蔵器官』でもあります。
 牛乳生産が始まると、骨の中のカルシウムが血中に溶け出し、牛乳に必要なカルシウムを供給しますので、『乳牛の骨はカルシウム代謝の中心器官』の1つとなっています。

 

E脂肪組織の役割牛乳生産に必要なエネルギーと牛乳に含まれる乳脂肪を供給します。
 牛体の脂肪組織には、脂肪が蓄積養分として貯蔵されており、その養分は臨機応変に、牛の身体維持や牛乳生産の必須エネルギーとして供給されます。
 特筆すべきは、分娩直後に乳量が急激増加した場合、飼料からの摂取養分の供給が間に合わない場合、『貯蔵脂肪が動員されて牛乳の原料・牛乳生産に必要なエネルギーとして利用される』事です。

 

Fホルモン類の役割牛乳生産で活躍する臓器を束ねる司令塔役。
 @〜Eをご覧頂ければ、お分かりになる様に、牛乳生産の仕組みは、多くの臓器が活躍し、かなり複雑です。これを統括する『司令塔役』して視床下部があり、下垂体・甲状腺・生殖器などの様々な内分泌器官からのホルモン分泌や神経系の働きを調整しています。
 これらのホルモンは、生殖器官や乳腺細胞の発達や発育の役割を果たすばかりではなく、『牛乳生産の開始・牛乳生産の持続・乳量の増加、更に牛乳生産に必要な養分代謝を調節しています。』

 

 以上の様に、牛乳という作品を造るために、多くの臓器(スタッフ)が様々な役割を果たしている事がお分かり頂けたと思います。しかし、今回の記事を執筆させて頂くに当たって、『新しい酪農技術の基礎と実際ー酪農ヘルパー専門技術員必携』(農文協 販売)を大いに参考にさせて頂いたと同時に、大変勉強になりましたが、その書籍は牛乳生産と乳牛の身体の働きに関しては、以下の通りに結論付けています。
 『乳生産の詳細の仕組みや、なぜ乳牛がこれだけの多量の乳を生産できるのかといいた疑問にはまだ十分答えられていない部分が残されている(以下略)。』(「乳生産と乳牛の身体のしくみ」の項より)

 

 よく世間では、『人の生命と身体は神秘めいている』と言われますが、それに劣らずに、乳牛もまた『身体や牛乳生産体制も神秘めいている』という事であります。

 

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