牛と馬の蹄の違い

 よく「牛馬」と昔から言うわれているので、「牛」と「馬」はワンセットであり同類の動物であると思われる事がありますが、両者は先祖こそは同じと学説などで考えられていますが、その後の進化により外見・身体機能も全く変わったものになってしまっています。

 

 動物分類学では、牛と馬は同じ哺乳類動物ですが、更に以下の様に内訳されます。
(学名:Bos taurus)は『哺乳動物網・偶蹄目・ウシ科』に属し第3指(中指)と第4指(薬指)の2本の指で体重を支える動物

(牛の蹄の一例。偶蹄類)

 

(学名:Equus caballus)は『哺乳動物網・奇蹄目・ウマ科』に属し第3指(中指)一本で体重を支えている動物

(馬の蹄の一例。奇蹄類)

 

 四足動物・蹄を持つ・草食動物という共通性があり、冒頭で述べた様に「牛馬」とワンセットで呼称される事が多いにも関わらず、既に学術科目で既に両者の袂は別れています。
一番の違いは、やはり『蹄の数が違う』ということでしょう。先に述べた様に、牛は『中指・薬指の2本の指』、馬は『中指の1本の指』で各々の体重を支え日々動いています。
 牛は2本の指で動いるにも関わらず、走る速度は馬と比べると遥に見劣りします。しかし2本指ですので1本指の馬より傾斜地や坂道を歩行できるという利点があります。馬は1本指なのに何故速く走行できるかという理由ですが、蹄が牛に比べると進化している(高く太い)・前後両脚が長い・身体全体が筋肉で覆われいる上、それらが伸縮自在の筋繊維で出来ているため走る瞬発力に優れている。拠って武士階級では移動手段や戦力として重宝され、庶民の交通手段としても宿場町などを中心に、平坦な表街道を通行する手段として大いに利用されました。しかし馬は筋肉の塊であるので、牛肉より味や品質は劣るのは周知の事実であります。古来中国の『牛首掲げて馬肉を売る』という慣用句があるのが何よりの根拠であります。

農耕と牛馬の堆肥

 トラクターや耕耘機など動力機械が無い頃は、農耕牛・農耕馬が重宝されたのは周知の事実であります。筆者自身は未だ誕生する前の事ですので実際には実物を見ておりませんが、私の父の話によると実家であった水田農家でも耕耘機を購入する前は、1頭農耕牛を飼っていたそうです。
 「実家は何故農耕馬ではなく、農耕牛であったのか?」と以前実父や祖父に質問した事を覚えていますが、彼らの回答によると「実家(富山県)は、水質豊富な土地で柔らかく泥濘が多いので、脚が長い馬は農耕に向かなかったし、第一実家周辺は馬頭数が皆無であった」というものでした。
 この質問をした当時の筆者は、未だ酪農関連の仕事には就いていなかったので、漠然ながら「成程。土地柄などに拠って農耕に使う牛や馬が違うのか」と思った程度でしたが、後に牧場に勤め、現在は酪農関連のライターをやらせて頂いるので、再び農耕馬や農耕牛について興味を持ちましたので、改めて両者の事を調べてみました。
 両者の飼育の土地柄もさる事ながら、彼らの出す堆肥(糞尿)の質によっても両者の飼育場所がほぼ決まっていた。という興味深い事がわかりましたので、ここで紹介させて頂きたいと思い至りました。

 

 馬は牛よりも速く走る。というのは先述させて頂きましたが、農耕でも同様であり馬の方が農耕速度は優れています。拠って厳冬地域であり耕作適期が短く、出来る限り早く農耕を行いたい東北などの北日本では、主に農耕馬が使われる大きな理由の1つとなっています。また農耕馬は脚長であり泥濘であるとバランスを崩しやすいので、水気・粘土性が少ない火山灰地の耕作に向いており、東では浅間山・富士山を持つ北関東・甲信、西では阿蘇山を持つ熊本でも農耕馬が飼育されていました。更に付け加えさせて頂くと、東北・甲信・熊本は古来より馬の産地であり頭数が多いもの理由の1つもあると思われます。
 馬糞つまり厩肥ですが、牛糞に比べると水分少なく、繊維質に多い上に通気性に富んでいるので発酵し易い特徴があります。よって厩肥を『熱肥』と呼ばれていました。この特徴を生かし、田畑の地温を高める効能があるので、やませ(冷風)などで地温が下がり冷害が頻発した東北などの寒冷地で農耕馬が飼育されていました。
 上記の理由の裏付けとして、「明治19年徴発物件一覧表」という資料の中で、農耕馬と農耕牛の全国分布がありますが、農耕馬は圧倒的に東日本・熊本に集中しており、特に東北・北関東・甲信が圧倒的に多い記録となっています。

 

 農耕牛に関しては、全くと言って良い程、農耕馬とは真逆であり、ほぼ西日本に特化されています。近畿〜九州まで幅広いですが、特に中国地方に農耕牛飼育の集中が多く見られます。例外によって新潟県佐渡・岩手県がありますが、共に佐渡牛・南部牛・水沢牛で有名な産地であるからです(明治19年徴発物件一覧表参照)。
 古来中国地方(兵庫・岡山などは、佐渡・岩手に劣らぬ牛の産地)が勢揃いしており、牛が農耕に利用されいたのは当然の理である事がわかりますが、堆肥である牛糞の効能にも理由があります。先述の通り、馬糞(厩肥)は水分が少なく発酵し易いので『熱肥』と呼ばれていましたが、牛糞は馬糞に比べ、水気多く通気性が悪いので発酵し辛い特徴があります。よって馬の熱肥と真逆の『冷肥』と呼ばれていました。中国・四国を中心とする温暖で田畑の地温が熱い場所には、牛が出す「冷肥」が合っていたのも、西日本の農耕牛主力の大きな理由の1つだと思われます。

 

 牛・馬の身体の違い・ひいては排泄物の違いによって日本各地の農耕牛・農耕馬分布が別れるが知れたのは、筆者としても大きな収穫でございました。今度も他の部分での牛と馬の違いも見てゆきたいと思っております。