『厩作附飼方之次第』とは何についての本?

 筆者が以前牧場で勤務していた折、我が国の牛や馬の家畜史を詳しく知りたくなり、インターネットでその関連の書籍を検索した所、『日本農書全集』というシリーズ書籍を見つけました。古代日本で発刊された農業書を収めた書籍集であり、農林漁業は勿論、薬草(本草)学や地方の農業史、災害記録などが事細かに収められた非常に面白いシリーズなのです。
 その第60巻が、日本の畜産・獣医関連の古書籍が数点収蔵されており、現在、筆者が乳牛のお話で紹介させて頂いております当時の牛の医学書「牛書」もこの巻に収蔵されている1つですが、その他にも馬の解剖学というべき『解馬新書』、犬・鶉(うずら)の飼育方法を紹介した古代書籍もあります。
 どれも珍しく、読んでいて面白い内容なのですが、その中で書かれている文章も明快で叙述に優れ読み易く、内容も迷信紛いの記述も極めて少なく、実用性に富んで面白い書籍があります。それが今記事で紹介させて頂きます『厩作附飼方之次第』という書物であります。

 

 『厩作附飼方之次第』という何とも長い本題名、『きゅうさくつけかいかたのしだい』と呼びます。詳細の発刊年や著者は不明ですが、近世後期に発刊された写本であると伝えてられています。この書物の大きな特徴は、乗用馬を飼うための『厩舎の造り方と馬の飼い方、飼料の給与方法』を実用的かつ詳細に述べている事にあり、また古代中国で誕生した兵法書「呉子(有名な孫子と双璧を成す兵法書)」の文言などを引用しているので、著者が優れた教養人であったが事が推察されます。
 上記の様に、今回の古本は厩舎の造り方・飼料を記載したものですが、今回はその厩舎の造り方について紹介させて頂きます。

『厩可造事』(厩舎をつくるには)

 『厩作附飼方之次第』の第1章は、『厩舎の造り方(原題:厩可造事)』となっており、『馬を飼うには、先ずはじめに厩舎を丁寧に造らなければならない。「呉子」に「馬は自分の居場所に落ち着くようにしてやる」とある。そのためには、厩舎を建てる場所を選ぶことが大事な条件である。(原文:馬ヲ畜ニハ、必先厩ニ念ヲ入ベシ。呉子曰、夫レハ必安其ノ居ル所ヲト云リ。去レハ厩ヲ造営スルニ、先地所ノ善悪ヲ撰事肝要タリ。)』の文から始まります。
 序文から実用的な記述から始っています。『馬の住居(厩舎)を建てる際には、馬が落ち着ける環境を選ぶべき』と本書は述べていますが、これは現在にも通じる条件であり、厩舎は馬が好む環境(静かであり、風通しの良い場所)が配慮され建築されます。

 

 馬が落ち着ける居場所(厩舎)を造る最適地とは、どの様な所か。その事についても、本書内では詳細に記載されています。

 

 『厩舎は、桑や桃の大木のあるそばにつくってはいけない。桑や桃の木は馬のためによくないからである。かまどの跡と土蔵の跡はよくない。これは湿気が強いためである。墓地の跡も避けるべきである。馬が病気にかかるからである。要するに湿度の高い土地は不適当である。土地の乾燥したところにつくるべきである。そうすれば馬が病気にかからない。次に、厩舎は西向きや北向きにつくってはいけない。南向きにして戸口を開けるとよい。柱はしっかりと深く掘って立て、床板を厚く張りつめる。(中略)厩舎は、相当の荒れ馬をつないでおいても危なくないようにつくるべきである。』

 

 桑や桃の木、墓地の跡に厩舎は建ててはいけないといのは、どうも迷信掛っていると思う所もありますが、『湿気の高い土地は避け、乾燥した場所に厩舎を建てるべきである』という記述は、正鵠を射たものです。また西向きや北向きにつくってはいけないというのも、本書内では陰陽学説に則り説明していますが、我々現代人が単純に立地を考えてみても、「南向きは、温暖な日光が入って来易く、北西方向では日光がさしにくあり、また西は夕方の強い日差しを浴び易いから良くない」であるという事が、思い付きます。本書内で、『湿気を避け、南向きに厩舎を建てよ』と言っている事が、現代にも民家などを建てる際にも通じる訓戒にもなっているので、極めて合理性に富んでいます。

 

 そして本書では、厩舎と馬の飼い方がいかに緊密な関係性を持っているかを、以下の通り述べています。

 

 『一般的に、馬は危険なことを嫌うものである。造作がわるいために横木などが天井の梁から馬に落ちかかり、あるいは馬の糞尿だめのふたを踏み破るなどすると、ちょっとしたことから非常に驚きやすい癖馬となるものである。(中略)居場所が安心できれば、馬は常に安静でいられ、病気や悪癖が起こらない。これは馬の飼い方で最も大切なことである。』

 

 この文も全く核心を突いたものであると思います。一番馬が落ち着ける場所であるべきである厩舎が煩雑に造ってあると、馬にとってはストレスが溜りやすく、とても不衛生であり、本文中の通り、梁の木など落ちてきたら、馬が驚き慄いてしまい、言わゆる「ビビり易い馬」になる可能性も大きくなってしまいます。
 我々人でも、時折テレビなどでも、仕事から疲れて帰って来たお父さんが、奥さんや子供の相手をさせられ、それに堪りかねて、「家にいる時ぐらい、ゆっくりさせてくれよ」と愚痴をこぼすシーンなど見かけますが、馬も「厩舎にいるときぐらい、ゆっくりとさせてくれ!」と心中で思っているかもしれないのは、同じ事ですね。

 

 今回は、『厩作附飼方之次第』から「厩舎をつくるには」の項を紹介させて頂きましたが、他にも面白い項が未だありますので、次回も順繰りに紹介させて頂いたいと思います。